10/17/2011
Do you believe it?
この前、「Unmistaken Child」という映画を観ました。この映画、数年前に作られたドキュメンタリー映画らしいです。
映画のトレーラーを貼りつけておきましたが、あまりよく分からないかもしれないので、ちょっと書いておきますね。
メインの登場人物は、ネパールのお坊さんです。彼はネパールの小さな峡谷の村に生まれ、幼い時から修行の道へ進みたいと考えていました。自給自足の生活の中で、父親は彼に将来は家長となり、農耕をしてほしいと望んでいましたが、彼は自分の尊敬する偉大な修行僧の元に人生をささげたい、と村を離れたという過去を持っています。
その彼の憧れた修行僧について、20年以上修行を積みますが、その師匠が83歳(だったかな?)で亡くなってしまいます。
仏教では、「輪廻」(reincarnation)の考えがありますよね。ある日、彼はネパールの本寺院の偉い僧に呼び出されます。そして、彼は人生最大のミッションを依頼されるのです。
それは、「亡くなった師匠の生まれ変わりを探すこと」です。あまりにも大きなミッションを受け、彼は正直怖じ気づきます。自分にそんな偉業が成し遂げられるのか・・・?って。
そんなプレッシャーを抱えたとある夜、彼は夢を見ます。亡くなった師匠の身体の中から、丸丸とした男の子が出てきて、彼の名を呼び、手を差し伸べる、という夢。その夢を運命と感じ、彼は長い旅に出るのです。
まず、一枚の紙に寺院の上から見える360度の景色をスケッチし、それを台湾の寺院にいる専門家(僧)に送付、そして占星術で師匠の生まれ変わりが出現するであろう場所を占ってもらいます。
すると、その生まれ変わりは、師匠が生まれた峡谷のどこかの村に現れるであろう、という結果。
その情報だけを頼りに、彼は数週間かけてその生まれ変わりの赤ん坊を探しに行くのです。
道なき道を、リュックサック一つ背負って、赤い修行着のまま、村々を訪れ、1~1歳半の男の赤ん坊を探して歩きます。
彼は師匠がずっと使っていた数珠を持参し、各村で出会った赤ちゃんたちに差し出し、その反応をみることにしたのです。何人もの赤ん坊と出会っても、これといって特別なサインと思われるような反応を見ることはできません。彼も自分の直感に疑問を抱くようになります。
しかし、とうとうその瞬間はやってくるのでした。
訪れた小さな村で出会った1歳の男の赤ん坊に数珠を差し出すと、今までの赤ん坊とは明らかに違う反応を見せます。彼から数珠を奪い取るようにそれを手にし、自ら首に数珠をかけたのです。そしてその数珠を首からはずそうとすると、すごい力で『やめて!』という表情を見せ、ウーーッと唸ったりします。そして、修行僧である彼が抱き抱えると、母親や父親には一切目もくれず、ずっと彼に抱きついたまま離れようとしません。両親が促しても、修行僧から離そうとするだけで大泣きするのです。
彼はネパールに戻り、そのことを寺院の本部に報告。あの赤ん坊は他の子供とは違う、何か特別なものを持っている、って。
そしてその赤ん坊は2歳になった頃、ネパールの寺院でテストを受けることになります。それは、師匠が使っていた鐘や数珠など、師匠が生前、肌身離さず持っていたアイテムを、何のヒントもなしに当てさせるというものです。
ヒントと言っても、彼はまだ2歳なのではっきり物事を把握するわけではありません。そんな子供に、寺院の偉い僧が「あなたが昔使っていたものを選んでください」と、目の前にならべられたアイテムから一つずつ選ぶよう促すのです。
すると驚いたことに、その子供は次々と選びだし・・・結果、全て何の指図もなく、師匠が使っていた道具を当ててしまうのでした。
そしてその驚くべき結果を書面にし、「この子を師匠の生まれ変わりとしてacceptしてください」と、総本山にいるダライ・ラマに送付します。しばらくしてダライ・ラマから「承諾」の内容の手紙が届き、晴れて彼は「輪廻」した姿であると認められるのです。
しかし、いくら生まれ変わりとはいえ、この子供の実の両親に「この子を僧院に預けてください」とお願いにあがらなければいけません。ここで両親がNOと言うこともできるようでした。
修行僧はこの子供の実家へ赴き、彼の実の両親に事情を説明し、「この子のことをgive upしてくれないか?」と頼みます。
そして苦渋の決断を下す両親。彼が将来、ダライ・ラマのように人々に必要とされる偉大な運命を背負っているのなら、と、僧院に預ける決心をするのでした。
母親、父親といつ会えるかも分からず、もしかしたら一生会うことはないかもしれない、という状況に直面し、涙を流す場面では胸が痛くなりました。
(いくらお坊さんとはいえ、いきなり家に来て『この子はこういう運命を背負っているから』と、半ばさらっていくようなことをされるなんてありえない!と個人的には思いましたけど)
そして、この修行僧はこの子供のことを一生をかけて守っていく、と両親に誓って僧院に連れていくのでした。
映画の最後の場面で、彼がこの子供を抱いて、部屋にある仏壇のようなところへ連れていきます。そこには、亡くなった師匠の写真と、その子供の写真が並べてあります。並んだ写真を見た子供は、両方の写真を指さしてこう言いました。
「この写真、両方とも、僕なんだよ!」って・・・。
youtubeでこの映画、とぎれとぎれだけど英語字幕にて鑑賞できます。
もし時間があったら見てみてください。疲れてるときに見るとちょっと寝ちゃうかもしれないけど、静かでミステリアスで、すごい興味深い映画でした。
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現在のダライラマもこうして決められたのを読んだことあるわ。
返信削除不思議だけど、仏教に輪廻転生の考え方があるのは日本人としては違和感はないけどね。
ダライラマもそうやって決められたんだね。それは知らなかった。でも、そうやって偉いお坊さんたちが輪廻転生で再度僧院にやってくるとしたら、一般人からお坊さんになりたくて僧院に入った人たちには一生偉くなるチャンスが回ってこないってことになるよね?
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